「乞食王子」アメリカ公演最終日、ハワイのNBCセンター ホール。
一幕目が終わり、2幕目に向けて、舞台照明のセッティングを済ませた直後、
演出家の古市カオルから、緊急の無線連絡が入った。
「西山ちゃん、すぐ降りて来て、幕が動かない!」
この幕とは、劇場設備の幕ではなく、劇団独自に開発した、
通称「コンピュータ―幕」、別名「フォーマティブ スクリーン」と称する、
90センチ幅の反物を20枚垂らして、機械仕掛けで自在に上下させて、
形を変える、映写幕であり、実用新案登録の本公演の目玉装置だった。
この日まで、アメリカ西海岸諸都市を無事巡回して順調に機能して、
「乞食王子」の舞台効果を担ってきていた。
とりわけ、ディズニーのプロデュサーから、
「固定劇場でも大変な舞台装置を、移動公演で実現させる技術は半端でない」
と、激賞され、表彰状まで授与された仕掛けであった。
この幕が動かないとなると、
当然、2幕目を、開けるることはできない非常事態の突発であった。
客席最後部にある、照明制御室から、大急ぎで舞台に駆け下り、
反対側の下手袖下手袖にある幕の制御装置に駆け寄り、/
止めねじを外し、上蓋を開け、中を覗き込んだ瞬間、
電源の部分が、ズームアップして目に飛び込んできた。
「半田ごて!」と思わず叫んだ。
言うより早く、後に「西山軍団」と、呼ばれるスタッフが、
素早く、必要道具を周辺に用意し、修理作業は、あっという間に終わった。/
「動かして良いよ!」幕は、ジーと軽い音と共に上がって行って、
規定の形を作った。幕間時間は、規定時間内に全ての準備を終えることが出来た。
正に、奇跡的な出来事でした。
装置が動かなくなる原因は、様々で、いろんなケースが考えられましたが、
まさか、電源の大元が、腐食して、緑青を吹いて切れることなど、
考えもしなかっただけに、
何故、その時、片隅の奥の電源の故障個所に目が行ったのか、
いまだに謎のままです。まるで映画のズームアップの様に、
目に飛び込んで来たのでした。/
よく、スポーツなどで、「ゾーンに入った」とか、
「ハマった」とか言われる、
【思考の限界を超えて、神の領域に足を踏み入れてしまった】
専門家独特の特別な境地だったのかもしれません。
どんな職域においても、ある境地を超えた時、
これに似た現象が起きうるのではないかと、想像しています。
私は、いま、当時とは全く違った仕事をしていますが、
努力を重ねることで、もう一度、あの境地を味わいたい、
と夢見ています。
神よ、人知を超えた、あの、「勘が働く」瞬間をもう一度、我に与え給え!