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【発端】
「必要は発明の母」と言います。
このPAシステムは、ある宗教団体の大規模な野外式典のために作り出されました。
野球場が3面取れる会場に数万人が参集するこの式典では、
会場の参列者も一緒にコーラスをしたり、教典を奏上したりします。
会場が左右非対称である上、周囲の施設建物や山々に反射したエコーが何重奏にもなって、
どれに合わせて良いのか分からなくなります。
従来の音響PAシステムでは、
最前列での耳をつんざく大音響が後方では周りの音声にかき消されて聞こえず、
上記現象と合わせて毎年式典、音響担当者は難渋していました。
FM放送方式
山のように積み上げた巨大PAシステムが有害無益と分かって、
転機が訪れたのはFM実験局の設営でした。
FM放送で式典に必要な音声を流し、
参列者はラジカセを持参してPAの替わりにするアイディアです。
会場にどの程度の出力のラジカセをどの程度配置すれば良いかという諮問を受けて、
このプロジェクトとの関わりが始まりました。
このFM放送方式は予想外の好結果を生みました。
典型的な分散型PAシステムになって、音のずれがなく、
コーラスや教典奏上がぴったり合うようになったのです。
FM実験局が2年で期限が切れて、
後継システムの開発を任され、次に手掛けたのも分散型PAシステムでした。
会場に180個のスピーカーを均等に配置し、
前後2カ所のアンプ群から各スピーカーまで極太のラインケーブルを張り巡らしました。
このシステムは安定して動作し7年間使いましたが、
次の理由で後継システムの開発に入りました。
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1)スピーカーラインの配線が低インピーダンス方式のため、複雑で重く設営に時間が掛かる。
2)スピーカーラインの地上配線が参列者の入退場、特に夜間の退場時に足元が危ない。
3)スピーカーと特殊な配線だけを所有し、アンプ類はその都度レンタルしていたので、
普段の利用が出来ない。
4)スピーカーの音質と音量が物足りない。
【システムデザイン】
1)と2)に対応するため、音声信号をFMで送信し、
受信器とミキサーとアンプ、そしてスピーカーと電源を内蔵する、
ユニットを分散配置するシステムを考えました。
3)と4)に対応するため、
最新鋭のラインアレイスピーカーと1ビットデジタルアンプを採用することにしました。
以下に、システム全体の構成デザインを示します。
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【1ビットデジタルアンプ】
早稲田大学 山崎芳男教授(大学院国際情報通信研究科)の提唱により、
研究開発が進められてきた「高速標本化1ビット信号処理」方式は、
音源の収録/再生において原音に忠実で極めて音質劣化の少ない、
クリアなサウンドを実現するとともに、
ネットワークによる高効率データ伝送にも適した方式で、
特に、1ビットならではの高い信号変換効率による製品の大幅な省電力化や、
極めて少ない発熱量により放熱機構を簡素化できコンパクト化も図れるなどの点が、
次世代デジタルオーディオ時代の最適技術として高く評価されていることを、
元ビクターアークス常務の尾形武紀さんから聞いて、
この方式を中心にしたシステムを構築すれば目的を達成できると考えました。
2002年当時
早稲田大学、シャープ、パイオニアを中心とするオーディオメーカー23社が提携して、
競って製品化を急いでいました。
私たちのチームは高価格の大手メーカーを避け、
尾形さんの伝手で浜松のベンチャー企業と組んで製品化直前の基板の提供を受けることに成功し
私たちのシステムに合ったチューニングも約束されました。
現在「1ビットデジタル」のキーワードでネットを検索すれば、
当時とは違って、たちどころに数百の情報に接することが出来ます。
当時100万円はしていた1ビットデジタルアンプですが、
今では2,3万円で1ビットデジタルアンプ内蔵のラジカセが手に入るなど隔世の感があります。
「マーケットにないものを作る」のが常に私たちチームの合い言葉でした。
【ラインアレイスピーカー】
同じく山崎研究室が推進していた「フラットスピーカー」と組み合わせることにしました。現在では一般的にラインアレイスピーカーと呼ばれていますが、スピーカー単体を縦に直線的に並べた形をしていて、線形スピーカーとか、平面スピーカーとかパイプラインスピーカーとか、いろいろな呼ばれ方をしていました。
従来のスピーカーは出力が距離に比例して6dbずつ減衰しますが、ラインアレイスピーカーは垂直方向の指向性が高く、音波の回り込みや反射が少なく、3dbずつの減衰になります。従って、スピーカーのそばでも比較的刺激が少なく、離れても明瞭で音量も確保できます。これは、会場内に分散して配置するのにもっとも適した特性です。また、ステージ前に大規模なシステムを組む時も有利です。現在はこのような考え方のシステムが普及していますが、当時は耳新しい技術でした。私たちが注目したのは、マイクロホンで、スピーカーをたたいてもハウリングを起こさなかったことで、この特性を生かして、衆議院本会議場の議長席両側の壁に埋め込み採用されたばかりの頃のことでした。
【オプティマバッテリー】
広い会場に128個のユニットを分散配置する計画でしたので、
ユニット間の配線をなくするため、電源を内蔵することが必須条件でした。
省電力が売り物の1ビットデジタルアンプを採用しましたが、
運搬時や保管時の保守安全を考えて、より適したバッテリーを捜していました。
偶然、月面車用に開発されたと言われるオプティマバッテリー(Optima)が、
車載用として売り出されたのを知りました。
さらに、ゴルフカートなどに搭載されるディープサイクル型と言われるタイプもあることが、
分かりました。
ふつうの車載用は運転時常に充電されていて、スタート時に一気に放電します。
一方、ゴルフカートなどは、運転時放電し、未使用時にゆっくり充電されます。
放電状態が長く続いても、電気的特性を維持します。
オプティマの場合、2年間放置しても充電すれば100%復活するというふれこみでした。
また極板がコイル状にきつく巻かれ重量はありましたが小型で大容量でした。
密閉型で転倒しても安全で、月面車用に開発されたと言うのが説得力をもつ性能でした。
【TV中継用FM送受信機】
会場内から引き回し配線を一掃し特に夜間の通行安全性を高めることは、
重要なコンセプトの一つでした。そのため、音声信号ラインのワイヤレス化は必須条件でした。
音質とカバーエリアの広さから、
タムラ製作所のTV中継用FM送信機と受令機の組み合わせを選びました。
式典の当日は、世界一と言われる式典後の花火を目当てに、
周辺地域には百万人に及ぶ人々が観光バスや乗用車、あるいは徒歩で集まり、
警察や消防、取材のメディアと合わせ無数の電波が飛び交います。
近くにはNHKラジオ第2放送の送信所があります。そんな中で、
電波障害なく動作するシステムを作るのには大変な努力が必要でした。
当初の計画では、送信機、アンテナ1組で十分な効果が得られるはずでしたが、
実験の結果と当日の状況判断から少しでも電界強度を上げるため、
4組に増やすことにしました。
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【パッキングケース】
合計128ユニットの収納と輸送、そして会場展開の作業効率を考えて、
<、、機器のパッケージを音響業務用ケース製作に我が国で最も実績のある、
横浜の田口製作所と共同開発することにしました。
雨天決行の式典に支障がないよう、また、宅配便で送る際も追加の梱包なしで発送できるよう、
などなど多くの難問を試作を繰り返して解決していきました。
【設営】
従来のシステムが、倉庫から会場へ移して配線、調整が終わるまで、
20人掛かりで1週間掛かっていたのが、
音響の知識、経験のない10人に約半日の講習と1日の作業で設営が完了する結果が出ました。
初の実施から今年までの3年間、システムの改善のため専門家が立ち会いましたが、
来年からは専門外の作業員だけで設営することになっています。
【WSD2005】
このシステムは、第一回世界舞台美術展(WSD2005/ World Stage Design 2005)に出展し<
会場展示作品に選ばれました。