舞台公演は、いわゆる、ナマ。やり直しも、後から編集も効かない一発勝負です。
その開始を伝える5分前になるのが1ベル。予鈴とも言います。
これから開始を告げる2ベル、本ベルとも言います。
1ベルが鳴ると、次第に緊張し、心臓がドキドキしてきます。
本ベルが鳴れば、何もかも忘れて、舞台に集中しますが、
それまでの、ドキドキ感は、一種独特で、心地よい緊張感でもありました。
「これがなくなったら、もう芝居は辞めよう」と思っていました。
このことについて、2回に分けて、お話します。
まだ、アメリカで公演するような劇団があまりなかった、
1970年代から、80年代にかけて、
計5回に亘ってアメリカ公演をディレクタ―兼、
プロデューサーとして関わりました。
メインの役割は、舞台照明でした。
丁度その頃は、米国西海岸諸都市で、
コンピューター制御の調光器が普及しつつあった頃です。
日本では、やや遅れて、コンピューター制御の調光器が普及しましたが、操作系が「右へならえ」的で、
各個フェーダー60本、3段プリセット、
4本のグループフェーダー、一組のクロスフェーダー、
10本のフリーフェーダーとマスターフェーダーという組み合わせが、普通でした。
それに比べて、アメリカでは、開発段階だったせいか、各劇場ごとに、全く独自の考えで設計されていて、
見掛けも、操作系も、バラバラでした。
従って、最初に、システムの仕様を聞いて、
いかに早くそれを理解し、
自分の照明プランに適合させるかが勝負どころでした。
また、独自設計ですから、
当然のごとく、バグもあり、
誤動作は当たり前に有りました。
予測不能な誤動作に、素早く対応しても、
直ぐ次のエラーが出る、
まるで、「モグラたたき」のような塩梅でした。
開発者は、多分、猛烈な非難、攻撃を、かわしながら、将来のために、
果敢に開発していったことでしょう。
こういうところは、アメリカ人の偉いところだと、感動しました。
具体的な例を挙げたらキリが無いくらいの、艱難辛苦の西海岸主要都市の公演を終えて、
最後の公演は、ハワイ、ワイキキのNBCセンターホールでした。
照明制御室は、
大体客席後方の舞台全体を見渡せる位置に有りますが、
舞台からは、一番遠くに有ります。
演劇は「総合芸術」と言われ、役者、裏方、観客が一体となり、
共鳴し、特異な高揚感を醸し出します。
その中で、照明チーフオペレータ―は一番遠くにあって、
無線電話に頼って、一人孤独に、参加します。
NBCセンターホールは近代的な大劇場ですが、
照明制御器はコンピューター制御ではない、
半導体記憶式の9段プリセット、各個フェーダー各90本の
威容でした。
実績十分の何の心配もない設備でした。
公演の成功は保証されたようなものです。
ホッとしたところで、2ベルが鳴って、
その瞬間、何故か強烈な恐怖感に襲われ、
その場を逃げ出したくなり、
何処かへ消えて無くなりたくなりました。
居ても立ってもいられない、
こんな気持ちになってのは、後にも先にも初めてで、
今でも、鮮烈に覚えています。
必死に耐えて、本ベルが鳴って、
平静を取り戻し、舞台に集中できました。
そんな最中に、別稿の、「舞台装置の故障」が起きました。
最終公演は、無事終了し、
数々の感動を胸に帰国しました。感謝です。