私が、初めて海外に出たのは、
1975年の株式会社劇団カッパ座のアメリカ公演でした。
先発隊として、本隊の劇団員よりも、2週間ほど先に渡米していたのですが、
学校を出てから数年経ち、英語も、もうすっかり忘れていました。
そんな状態で、先発隊として、劇場の設備や運用を調査し、
打ち合わせをするなど、事前の準備を進めるうちに、
本隊が到着して、通関業務がスタートしました。
その過程で、中卒の若い女子劇団員が、
「went]という単語を使ったのに接して、
「あ~、そうだ、英語には過去形というのがあったんだ!」と、
突然、思い出しました。
僕の英語が変わった瞬間でした。
ことほど左様に、日本人は、一般的に、英語の「時制」(tense)が苦手です。
アメリカでの準備活動を10日余り進めるのに、
基本的な英文法もすっかり忘れた状態で、
用が足りたのには訳があります。
このアメリカ公演には、舞台照明の専門家として、
3か月契約で雇われたのですが、
私の舞台照明の師匠は、
「我が国の舞台照明の元祖」と言われた遠山静雄先生(工学博士)で、
宝塚歌劇団や歌舞伎の海外公演を主導された経験があり、
私も先生の指導で、専門の洋書に触れており、
また、渡米前に、アメリカ人のケン・ラーマーズ君と、
各劇場にアンケートを送り、
関係劇場の環境データをある程度手にしていました。
遠山静雄先生(工学博士)
元日本劇場技術協会名誉会長
元日本舞台照明家協会顧問
先発隊の任務については、
現地の有名なゴルフ場を管理する現地法人(富士国際)の
矢野社長が運転するオレンジ色のキャデラックで廻り、
現場には、東大を出て3年目の優秀な社員が通訳として
同行してくれていました。
矢野社長のキャデラック
僕の劇場巡り専用車
「すみません、この調光器の負荷容量を聞いてくださ~い」と、
2階から叫ぶと、「負荷って何ですか?」と
1階から答えが来るような状況で、
舞台照明や電気の専門用語を説明するのがが面倒でした。
舞台照明のプロとしては、ある程度状況が分かっていて、
答えは確かめるだけなので、
現場担当者からの聞き取りは簡単です。
そうこうするうちに、
「西山ちゃんは、数字の聞き取りがすごく早い」と評判なって、
矢野社長の判断で、通訳なしになりました。
通訳なしになりましたが、予備知識があるので、
現場の設備を見れば、大抵のことは分かります。
それで、見て確かめることに、徹しました。
‘
“First of all,Show me the switch board,Please.”
(操作盤を見せてください)で、相手が歩きだしたら、
ただ、付いて行く、だけ。
劇場の舞台照明操作卓の例
こんな調子で、用が足りるようになって、慣れてきたら、
現地の怖~いユニオンのボスを英語で怒鳴りつけるようなこともしていました。
それが縁で、ユニオンメンバーと仲良くなり、
お陰で、サンフランシスコと、ホノルルの、「ユニオン準会員」として、
ユニオンバッチを贈呈されて、持っています。
ハリウッド映画のエンドロールで最後に表示されるあの印、です。
命令するのと、お願いするのとは、ほゞ同じ形ですし、
疑問文のように、主語と述語を入れ替える必要もないし、
ややこし時制も人称活用も、全く気にすることはありません。
英会話を身に付けるには、
①専門分野で、
②命令形を主体に、
③大きな声で喚く、のが一番です。
大きな声を出すと、
①発音が安定しまます。
②自信が付きます。
Switch on!, Make on! Make hot! Dimmer no.1, Hot!
(みな同じ意味)
Break your leg!
(劇場内での仲間内の挨拶ことば)
皆、ユニオン(アメリカの産別労働組合)メンバーが教えてくれました。
「HANDBOOK OF COMMNLY USED AMERICAN IDIOMS]
という小冊子までもらいました。